「本当の幸せ」とは?「執着」とは?

「本当の幸せ」とは?「執着」とは?

クリシュナ神はバガヴァッド・ギーター2章62節63節のなかで「人が感覚器官の対象物を思う時、それらに対する執着が生まれる」と述べられました。

さて、今回は「悟りへの到達」を妨げる、執着から生まれる3つの思い”について勉強していきたいと思います。

バガヴァッド・ギーター4章9節
He who thus knows, in their true light, My divine birth and action, having abandoned the body, is not born again, he comes to me, O Arjuna.

我が権化と我が諸行為との真実を悟る物は、その肉体を捨てた後、再び生まれ出て来ることはなく我のもとに至るのだ

バガヴァッド・ギーター4章10節
Freed from attachment, fear and anger, absorbed in Me, taking refuge in Me, purified by the fire of knowledge, many have attained to My being.

貪欲(ラーガ)と恐れ(バヤ)と怒り(クロダ)との思いを克服し、常に我に専念し帰依することで多くの者たちが、智慧(ジナーナ)と苦行(タパス)の火によって浄化され、我の境地に到達しているのだ。

この詩節では、クリシュナ神が存在する最高の悟りの境地へと到達できるのは、どのような人物であり、どういった資質を必要とするかについて説明しています。

つまり「人は、世俗的な貪欲さや恐れや怒りを、完全に捨てなければならない」ということです。

感覚器官の執着とは

では感覚器官の執着とはなにかを改めてみていきましょう。

本来、感覚器官(インドリヤ)とは外に向かう性質を持ち体の外部の情報を集め、それを意思(マナス)に伝える働きをします。

外の世界に向かう感覚器官を虜にする「対象物」とは、目を喜ばせる美しいものや人、耳を喜ばせる音楽や言葉、鼻を喜ばせるいい香り、舌を喜ばせる美味しい食べ物、肌触りのいい布や他者からの接触など、多岐にわたります。

欲望が意思(マナス)を支配する

五感から伝えられた外の世界の情報を受け取った意思(マナス)は、見た目の美しい人物や物質を自分のものにしたい、この美味しい食事を食べ尽くしたい、この高級な肌触りの布や革で作った洋服や鞄を沢山手に入れたい、とそれらの物事に執着します。

物質的な欲望には終わりがなく、なにかひとつ手に入れたとしても「次はこれ、その次はあれ」と意思(マナス)は、欲望(ラーガ)に支配されてしまいます。そして手に入らなければ、それらに「欲しい欲しい、手に入れたい」と執着することに心を忙しくさせます。

感覚器官から伝えられた情報によって「欲しい!」と知覚したものがそれでも手に入らなければ意思は、怒り(クロダ)に支配されます。「これさえあれば満足なのに!」「これが買えないのは給料が安いからだ!」「これを手にすることができる奴が憎い」とほとんど言いがかりのような怒りで心をいっぱいにしますが、本人は無智な状態(感情的)なので気がつきません。

そして、欲しいと願っていたお金や物質や立場や人物を手に入れると、今度はそれを失うことの恐怖(バヤ)に支配され、心を乱し忙しくさせます。「こんなに願ってようやくこの役職につけたのに、誰かに追い抜かれたり奪われたらどうしよう・・」

こういった心に起きる貪欲、恐れ、怒りという作用はすべて、感覚器官が執着することで起きていることに気がついたでしょうか。

人が感覚器官の対象物を思う時、それらに対する執着が生ずる。この執着から情欲(カーマ)が生じ、情欲から怒り(クロダ)が生じる。怒りから迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生ずる。記憶の混乱から理智の働きが喪失し、理智の働きの喪失から人は破滅する。ーシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生著「科学で解くバガヴァッド・ギーター」より

執着をきっかけに情欲(世俗的な欲望)が生まれ、悪い循環へと入っていきます。

不満足で自己否定する心も執着が根元に

ヨーガを学び実践していくと、私たちが生活のなかで感じる不満や、自分を否定する感情というのは、すべて執着がきっかけになっていることに気がつきます。行ったことの結果に対する執着、理想の暮らしや外見への執着、理想の家族やパートナーとの関係に対する執着。理想とは一体なんでしょうか?

自分が思った通り、願った通りの結果が手に入らなければ、幸せにはなれないという間違った思い込み(無智)によって行為の結果に束縛され、怒ったり落ち込んだり不安になったりすることに心を忙しくしていると、クリシュナ神が教える「悟りにふさわしい資質」を手にすることはできません。

様々なメディアを通して入ってきた情報に心を完全に支配され、物質的な豊かさを手に入れなければ幸せになれない、完璧な体になるためには痩せていなければならない、セレブリティ(って?)のようなライフスタイルを送ることこそが幸せである、と自分自身の平和や幸福を他人の基準に明け渡してしまいます。

それらに執着し翻弄され心を見失った状態では、その先どんな物や立場や環境を手に入れても真実の幸せには到達できません。

人生の目的に向かって進んでいくには、物事や関わる人の本質を見る目を持ち、自分に必要なものとそうでないものを理解し時間とエネルギーを正しく使うことが必要ではないでしょうか。

自分自身は永遠の魂の存在(真我/アートマー)であるということを理解しブラフマーと合一することがヨーガの目的ですが、今回はその境地に至るための道を阻む「執着」について勉強しました。

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