カースト(階級制度)の本来の目的とは/前編

バガヴァッド・ギーターの1章40節から43節のなかで、インドにおける階級制度、つまりカーストについて触れられていますので今回はそちらを取り上げていこうと思います。すこし長くなるのでこのテーマは前編と後編とにわけてお送りします。

カースト(階級制度)の本来の目的とは(前編)

2000年代半ばからインドを10年以上にわたって訪問し、学生時代に習ったインドのカーストというものを感じる場面は年々少なくなってきたように思います。しかし同時に私たち外国人が気づかないだけで、インド人にとっては歴然とした格差と区別が存在することも肌感覚でわかります。

現在、インドは経済的にすさまじいスピードで発展していて、個人的な感覚では特にこの4年から5年ほどは一般的なインド人の生活習慣というか全体的な雰囲気に変化を感じるようになりました。

経済発展とインド人の変化

経済発展により会社勤めや商売をしている、いわゆる中流家庭がたくさんのお金を持つようになり、家を購入あるいは増改築し、車、バイク、高価な家電やスマートフォンなどをどんどん買い始めています。

昔からインドではソーシャルメディアは人気のツールでしたが、私がインドを旅し始めた12年前は、一部の少し金銭的に余裕のある情報通の若者が、近所のインターネットカフェ(実際はカフェではなくただコンピューターが並んでいるだけ)で古いコンピューターからログインして、という感じでした。

私がインドで長期滞在しているリシケシという小さな街は、ガンジス川の流れる風光明媚な聖地でインド人にとっても人気の観光地でしたので、シーズンになると(ホーリー前の2月から3月、秋)、様々な地方から巡礼にやってくるインド人で賑わっていました。

インドは広く外国からの観光客などこない地方も沢山ありますので、街ですれ違う私のような外国人を無遠慮に見つめる目がとても印象的でした。インドの方は基本的に目が大きく目力も強いので、一切目を逸らさずに見つめてくる様子は「睨まれている?」という気にさせる程なのですが、彼らのその視線の理由はただ

外国人が珍しい→珍しいから見る→見始めると目が離せない→まじまじと見続ける→真顔のまま穴が開くほど見つめ続ける

という感じで、不躾なほどの見つめっぷりではありますが基本的に邪気はありません。実際そういう人たちはシャイで純粋で、こちらが笑いかけると破顔して照れながらも手を振ってくれたりしました。

現在は急速に経済が発展したことで、ビジネスマンはもちろん、学生も女性もスマートフォンを持っています。facebookやInstagram、YouTubeなどの利用率は日本と同じかそれ以上で、もはや外国人など珍しくもなんともない世代が大人になりはじめまています。

そういったお金を持った中流家庭が増える一方、物乞いをする人やトイレを掃除することだけが役割とされたいわゆる「不可触民」はこれまでと変わらず貧しく苦しい生活をしています。こういった社会の底辺で大変な思いで生きる人とスマートフォンを持つ高校生を同時に見ていると、カースト制度は格差社会を作った悪しきシステムという印象が強くなります。

古代インドのカースト制度の捉え方と影響力

さて、バガヴァッド・ギーターが書かれた古代インドでは、このカースト制度とはどういった存在だったのでしょうか?

バガヴァッド・ギーター1章40節
In the destruction of a family, the immemorial religious rites of that family perish; on the destruction of spirituality, impiety, indeed, overcomes the whole family.

一族が滅亡すれば、その一族の永遠なる美徳(義務)も滅びます。美徳が滅びる時、不徳が一族を支配します。

戦争は、情け容赦なく全てのものを破壊してしまいます。命や尊厳や、築き上げてきた生活や思い出など、人々が大切にしてきたそれら全てのものを奪います。各家庭の伝統やしきたりは家長から次の世代に伝えられ、母の味や家事のちょっとした知恵やこつなども同じように母から娘に伝えられていくものですが、そういった知恵を授ける人たちを戦争によって奪われることは、その一族にとって大きな痛手となるでしょう。

偉大な伝統や、価値のある道徳上の習慣が消え失せてしまうことによって、不道徳や規律の乱れがはびこるでしょう。つまりそれは、力や暴力によって支配する、支配されるという世界になることを意味します。

子供は父親の行為をよく観察し、遊びのなかでその真似をし、それがその子の潜在意識の中に残留印象として蓄積されてゆきます。やがてその子が成長した時、その蓄積された印象残像がカーストの義務を果たす行為の基となるのです。

ブラーフマナ階級の息子はその父親からブラーフマナの義務を、即ち聖典を学び、その知識を他人に分け与えるという義務を習います。(中略)
ヴァイシュヤ階級の息子は、商工業、農業、牧畜に関する知識の大部分を父親から受け継ぐのです。ーシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生著「科学で解くバガヴァッド・ギーター」より

現代では、農業や工業、商業を大学で学び、学位を取るというのが一般的で当たり前のこととなりました。しかし昔は分野ごとに特化した大学などなくそういった専門知識はその分野のプロフェッショナル、つまり自分の両親やコミュニティの年上の世代から学ばなければなりませんでした。

インドの女性の立場「今と昔」

バガヴァッド・ギーター1章41節
By the prevalence of impiety, O Krishna, the woman of the family become corrupt; and woman being corrupted, O Varshneya(descendant of Vrishni), there arises intermingling of castes.

不徳の支配により、一族の婦女たちが堕落します。婦女たちが堕落すれば、種姓の混乱が生じます。

41節でシュリー・スワミジは「戦いによって若い男性が死に未亡人が増える。そして未亡人は生き残った男性と不倫の関係になるかもしれません」と説明されていますが「なぜ、未亡人になったからといって他の男性と不倫関係にならなければいけないの?」と思われるかもしれません。

この時代においては女性の地位や存在意義は現代とは異なり、女性は男性がいなければ生きていくことが難しい社会だったと思われます。女性の地位はただでさえ低いものだったうえに、夫のいない女性はさらに低く軽く見られ働き口などなかったのではないかと思います。そのため男性の庇護を受けるために「不倫関係」というものが生まれその結果として、Intermingling of castes、つまりカーストの混ぜ合わせが生じると説明されています。

こういった価値観は長く続き、ほんの十数年前までは離婚した女性はもちろん未亡人(夫を亡くしたら白い木綿のサリーしか着てはならない、装身具はつけてはならない、出歩いてはならない..etc)ですら、社会から恥ずべき存在のように扱われていました。インドで幼児を含むレイプ事件が多いのは、こういった女性の地位を低く見る石器時的な価値観の男性がまだまだ多いせいだと思います。

現在のインド女性たち

ここ数年、インドでもフェミニズム運動や活動が盛んになり、ろくでもない夫に離婚を申し立てシングルマザーになる強い女性やビジネスウーマンも増え、社会も少しずつ変わっています。

何年か前にインドの首都デリーで地下鉄に乗っていたときのことです。ちなみにデリーの地下鉄が完成して間もない当時でとても近代的かつ清潔でとても利用しやすかったです。女性専用車両があったので、私と友人の女性はその女性専用車両を選んで乗ったのですが、1人の男性が間違えたか故意にかはわかりませんがその車両に乗ってきました。

すると、1人のサリーを着たとてもモダンで洗練されたインテリ風のインド女性が「ここは女性専用車両よ、あなたは他の車両に移るべき」と注意をしたのですが、その男性はバカにした様子で取り合いませんでした。すると車両に乗っていた他の数人の女性が席を立ち、その男性に向かって指を突きさし強い口調で何事かを言いはじめ(おそらくあなたは移るべき、ここは女性用といったこと)ました。4人か5人の若い女性に注意された男性は逃げるように他の車両に移動しました。その瞬間女性車両には拍手が沸き起こり、私はその女性たちを誇らしく思ったことを覚えています。

後編では、カースト制度はそもそも職業や地域におけるコミュニティ的な存在であったことについて一緒に勉強して生きたいと思います。

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