ヨガ的な心のケア

ヨガ的な心のケア

何かに感動したり、嬉しいことがあって飛び上がって喜んだり、腹が立ってしばらくは許せないと思ったり、悲しいことがあって立ち直れないと感じたり、意味もなく落ち込んだりetc..。このように私たちの感情や心は常に外からの影響を受け揺れ動きます。それが良いとか悪いとかではなく、それが心や考えの性質といえます。

「私たちの心はいくつものヴルッティ(※)(考えの動き)によって作られている」とパタンジャリ先生はヨーガスートラ中で説いています。

そしてこのヴルッティは、大きく3つの性質に分類することができるそうです。今日は心と考えの動き(ヴルッティ)と、そのケアの方法を一緒に勉強していきたいと思います。

ヴルッティの3つの性質

サットヴァ(純質)
調和のとれた中庸で純粋な質。混乱や揺らぎのない、集中して定まった状態がサットヴァの心です

ラジャス(動質/激質)
活動的で野心的な心で激しく揺れ動き、浮き沈みする性質。火の性質。何かを手に入れたいといった欲望や渇望、不満、執着、ストレスなどはラジャスの性質です。ラジャスの質である苦しみや悲しみ、怒りが心を覆う時、人は苦悩します。

「ラジャス(動質)な色に心が染まることはよくあります。そんな時、調和を意識的に守り、ヨガの実践をすることでラジャスをサットヴァに変化させることができます」向井田みお先生は「ヨーガスートラ」の中でこのように解説されています。

何か嬉しいことがあってはしゃぎ過ぎたり喜びすぎることも、落ち着いた中庸な質からぶれてラジャスの質に傾いているといえます。「上がったものは下がる」これは宇宙の法則で、経済や株などもそうですが何かが上がり続けたり下がり続けたりすることはありません。嬉しいことがあって幸せを感じるのは素晴らしいことですが、極端に有頂天になったり喜び過ぎると下がった時の落差によって心が乱れます。ヨガを収めた聖者は常にサットヴァの質の中にいますが、例えば私には高名なヨギーやダライ・ラマ14世が有頂天になって小躍りしているところなんて想像がつきません。

私は日常生活においてどういった要素が自分をラジャスの質に傾かせるか、自分のパターンを注意深く観察することを意識してヨガの練習していますが、この方法も自己を知る有効な手段だと思います。

タマス(鈍質)
不活発で怠惰な性質。重い、冷たいなど水の性質。何も気にしない、何もしたくないといった惰性は自己の精神性を高めるヨガの本質からかけ離れています。シャワーを浴び身体を清める、身なりを気遣う、ということもせずずっと横になっていたり眠ってばかりいるような重い心身の状態。

ラジャスもタマスも、必要であり意味があるので心に備わっています。それぞれの質に違いがあるからこそ何かを学んだり考えたり、活発に活動したり休息をすることができます。それぞれの質を備えたうえで良いバランスの状態にあること。そのために一方的にどちらかに偏ってしまわないように心を二ローダ(ケア)することが大切なのです。

「注意深く心を観察する」でも紹介したヨーガスートラの1章2節            「YOGAS CHITTA VRITTI NIRODHAH/ヨーガハ・チッタ・ヴルッティ・ニローダハ」

「心の動きをケアすることがヨガである」

愚痴や悪口によって無駄な消耗を避ける

このように私たちの心や思考は望むと望まないとに関わらず動き続け、外の世界の「事、もの、人」に向かい反応し続けます。心はケアしなければただひたすらに動き流れ続けます。目の前で起きていることに感情的になり、怒ったり悲しんだり自分本位な愚痴を言い続け、同じように心のケアができていない人同士で集まって感情や思考のおもむくままに、噂話や家族や他人、あるいは仕事に対する愚痴など。こういったあまり知性を必要としない会話に時間を費やしていると「考えの動き」であるヴルッティはどんどん乱れバランスを失います。

心の整理されていない人たちとの集まりは時間とエネルギーを消耗し、何よりストレスの原因にもなります。言いたいことを吐き出しているとストレスを発散しているような気分になりますが、実際にはこれらの行いは頭を疲れさせ、結果的に自分が抱えている怒りやストレスはそのまま、ということがほとんどです。こういった人生は精神的な生き方とはいえません。

心をケアし、時間や生活習慣を正しい方向へ導く

繰り返しになりますが、「ラジャス(動質)な色に心が染まることはよくあります。そんな時、調和を意識的に守り、ヨガの実践をすることでラジャスをサットヴァに変化させることができます」

成し遂げたい目標や、なりたい自分になっていくためには心をニローダ(ケア)することはもちろん、時間や生活習慣もニローダし、有効に使わなければならないと思います。

社会的、あるいは家庭的役割などにおいてやらなければならないことが多く忙しい毎日であっても、自分にとって必要なことを優先し、避けるべき行いや習慣を遠ざける練習をしていると時間は作ることができます。「忙しさ」を言い訳に身体や心を疲れさせたままにしていると、気がつけば自分を高めるための経験にたいして腰があがらないタマス(鈍質)に偏ってしまうでしょう。どんなに忙しくても自分にとっての優先順位を考え、時間を作りヨガの練習や、そのほか自分の精神性を高めることを実践している人たちはいます。その違いは普段から心をケアし、マインドを意識的にクリアな状態に保つ努力をしているかしていないかではないでしょうか。

どんな人もスタートは同じですが、行いによって(行動するかしないか、努力をするかしないか)、当然ですが結果にも大きく差が出るでしょう。学びの気づきに溢れた良い人間関係に身を置くこと、良い思考、行い、発言を心がけることは私たちの心をサットヴァ(純質)の状態へと近づけてくれます。

 

※VRITTIR-ブルッティ/インテグラル・ヨーガやその他の書物で「ブリッティ」と表記されることも多いのですが、オンライン寺子屋ヨガではブルッティで統一しています。

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