人間関係における問題の本質とは

人間関係における問題の本質とは

人間関係の問題にはシンプルなものと複雑なものに分けることができますが、相互的な問題が複雑に絡みあい深い因縁などがベースにある人間関係というのは、長年のお互いの心の闇が影響しているので詳しく調べていかないとなかなか難しいですが、一般的でシンプルな問題というのは基本的に私たちの内側の問題であることがほとんどです。私たちは幸せを感じていない時、あるいは充実していないと感じていると他人がなにをしているか、どんな暮らしをしているのかがどうにも気になってしまうものです。

つまりうまくいかないときや満たされていないと感じれば感じるほど内側ではなく外の世界に意識が向かいがちになっていきます。そしてそのような「自分を不幸せだと感じる状態」にいることで、外の世界で起きていることや自分以外の人の行いや暮らしがどんどん気になり心はさらに忙しく揺れ動くでしょう。

他者への反応は自己を見直すタイミング

誰かの発言や行い、あるいは食生活や生活態度など、本来自分にとって重要とはいえないそれらのことに対して否定的な発言や反応をするようになっていきます。根本的な問題は相手ではなく自分の内側にあるということに気がつかず「自分が不幸であるのは誰かのせい、なにかのせい」というマインドでいることはとても苦しいことです。

しかし本人はそのことに気がつかず、他者にたいして批判的になったりあるいはコントロールしようとします。本来は自己を客観視し、物事の捉え方であったりよくないパターンに入っていく思考に対し批判的になり、感覚器官や心をコントロールするべきところをそういった本質に向き合う知性、あるいは強さがないため、簡単な(つまり他者を攻撃する)道を選択するのではないかと思います。

幸せな人とは

基本的に幸せな人は、経済状況や暮らしている条件に関わらず幸せで、不幸な人もまた然りです。その違いは結局「自己を知っているかどうか」ではないでしょうか。目標が明確な人や自分のしたいことをすでに知っている人は、与えられた時間を無駄にすることなく進むべき道を邁進しているので、他者に批判的になったり、誰かの行いを気にしている時間などありません。1日の終わりに「今日も忙しくて疲れたけど充実した日だった」という気持ちでベッドに入ることこそが何よりも満たされ幸せであることを知っている人は他者に意地悪をするようなことはないでしょう。

たとえ経済的余裕があり他者から豊かに見えても、他人との比較であったり人にどう見られるかということが判断基準になっているひとは、常に意識のベクトルが外側に向いているので心は忙しくなり自己を見失いがちです。自分が夢中になれることや心からやりたいことではなく、その選択や行為を他者がどう思うかに向いている限り同じような状況と思考が繰り返されます。

悪い思考のパターンとその改善方法

私達が生きているこの時代は便利で快適ですが、同時にソーシャルメディアなどを通してまったくの他人から近しい友人まで、他人の選択や行為が見えてしまいます。心のバランスが取れている(つまり充実している)時はいいですが、もし心のケアや自己を知る方法を知らないと、自分と誰かを比較することで誰かを羨ましく思ったり、妬んだり、自分を可哀想に思ったりというパターンへと入ってしまうかもしれません。

こういった思考のパターンのままいくら「他人は他人、自分は自分」と頭で思おうとしてもそう簡単に思考は切り替わってくれないでしょう。ソーシャルメディアは暮らしを断片的に切り取っているだけの平面的な情報でしかないことは百も承知だけれど、心が乱れるのは問題の原因がそのまま残っているからで当然といえば当然のことです。。

つまり「充実感の欠如」「自分を不幸、不運だと思う」という苦悩の原因が解決していない状態で、思考だけを正そうとしてもそれは難しいということです。

それではどうすればいいのか? まず自分がすべき役割であったり夢中になれること、あるいは勉強など自分を高めてくれることに時間を費い、無駄なことをする時間をなくしていくことが第一歩ではないかと思います。こんな風に書くと「何をすればいいか解らない」という人が今の時代はとても多いのですが、本来自分以上に自分を理解できる人はいないのですから、まずは自己を知る努力をしなければなりません。

気づきを得て自分で変わろうとすること

何度か書いていますが、自分と向き合い自己を知るのは自分の良くない側面や弱さを見つめる作業なので時にきついことがあります。しかしそのプロセスをすっ飛ばし、他でもない自分のことをまるで人ごとのように「誰か(占いやスピリチュアリズムに依存的になること)」に委ねていては問題はいつまでも解決しませんし、自分自身で気がついて変わるまで同じ問題は繰り返し訪れるようになっていると思います。

何をするにしても自分が進む道、魂の成長につながるなにかへの第一歩を踏む出さない理由(タイミングが悪い/忙しい/お金がない/etc)を論っているといつまで経っても行動には移せないので、結果はさておきまずは自分がやりたいこと、自分にできることに目を向けることが大切ではないでしょうか。完璧なタイミングなどありません。

さらに、学ぶにしろ習うにしろ新しい仕事にしろ最初から完璧を求めることや、失敗したくないという思考が私たちのチャレンジを阻みますが、これははっきりいって無駄な心配だと思います。どんなことも最初から間違えることなく完璧にできる人なんていないのですから。

楽しいと思えること、夢中になれること

外の世界へと向かっている矢印を自分に向け、1日の中で夢中になれることをする時間を少しずつ増やすこと。地味ですが、そんな練習を続けていくことによって徐々に自分が求めていることや得意とすることが見えてきますし、そのリズムに乗ることができれば私たちは自分自身に満足したもっと生きやすいパターンへと入っていくのではないかと思います。

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