利己的な心を打ち負かすダルマ(正法)とは?

利己的な心を打ち負かすダルマ(正法)とは?

今回は正しい行いとそうではない行い、正しい心の持ちかたをバガヴァッド・ギーターから学んでいきたいと思います。

バガヴァッド・ギーター4章7節
Whenever there is decline of righteousness, O Arjuna, and rise of unrighteousness, the I manifest Myself.

アルジュナよ。正法(ダルマ)が衰え非法(アダルマ)が栄える時はいつでも、我は自己を1個の身体を持って権化させるのだ。

この世界の、善と悪のバランスが悪により傾くときにクリシュナ神が権化(アヴァタラ)すると、この詩節では教えられています。

現時点の地球はポジティヴとネガティヴにわけるとほんの少しネガティヴの割合が高いそうですが、今起きている戦争であったり、アマゾンの自然伐採であったり、移民引き離しなど世界は常に多くのネガティヴな出来事で満ちています。

神様は非法(アダルマ)が蔓延する時、常に権化として世界に現れ、アダルマを撲滅します。

※インドでは、長い歴史の中で何度も危機が訪れましたが、その度にマハー・アヴァター・ババジやラヒリ・マハサヤ師(あるヨギの自叙伝)や、インド独立の父マハートマー・ガンディー師などの聖者が現れ人々を救っています。

ではここで正法(ダルマ)とはなにかについて考えていきます。

正法(ダルマ)とは

例えば友人と言い争いになったとします。そして明らかに自分に非があるけれど、その時は感情的にもなっていますし興奮して腹が立っているので冷静ではなく、売り言葉に買い言葉でその友人を非難したとします。

しかし、自宅に帰りシャワーを浴びた後、庭でコーヒーを飲んで寛ぎながら何があったのかを冷静に思い返してみると、自分が悪かったにも関わらず、友人に対し声を荒げ乱暴な態度をとった自分は愚かであったと思い直します。そして口論の原因となった自分自身の行いや発言を反省し、すぐに謝罪の電話をした方がいいと心で思います。このような心の奥底にある自分自身の誠実な声こそが正法(ダルマ)です。

自分の得になることばかりを選び、自分勝手な行いや発言ばかりを繰り返していると、心は自我という厚い雲に覆われ、正法(ダルマ)の声が届きません。正しい理智の声を無視し、欲望や怒りや悪意に満ちた声ばかりが聞こえ、やがて非法(アダルマ)へと落ちていきます。ダルマとはつまり良心であり、良心に反する行為や発言はすべてアダルマといえます。

嘘をつく、誰かのものやお金を盗むといった行為(アダルマ)を誰にも見られず、その行為自体を咎められなかったとしても、決して無視できない「自分自身」という目撃者がいます。

しかし無言の目撃者が1人そこにいるのである。あなたの中の純粋無垢にして公平な証人が、早朝の静かな時にあってあなたが1人でいると、お前がどんなに沢山の人々に無実であることを信じさせたとしても、お前は本当は有罪であると告げると思う。罪を犯した人間が法廷において無罪を宣告されたとすれば、それは集団的非法である。

利己的な人は、自分自身の利益だけを求め、他社の不利益や痛みや悲しみには無頓着です。このような心でたとえ、物質的な豊かさを手にしたとしても本当に意味での幸せを手に入れることは不可能です。満足しない心(欲望)や怒りや支配欲に自我を奪われ、非法(アダルマ)というカルマを積み重ねる先に心の平安はありません。

カリ・ユガである今の世の中はお金や権力を持っている沢山の不幸な人たちが、さらにネガティヴな世界を作ろうとしています。

他者を幸せにすることで、自分自身の幸せを受け取ることができます。これは宇宙の法則ですが、ここで勘違いしてはいけないのは、自分自身の心の状態が不安定な場合はまず自分自身を安定させなければいけないということです。

つまり、心の奥の誠実で純粋なダルマの声を正しく理解するために、常に体や心を整えておく必要があります。そして自己が安定したら、今度は他者に幸せを与える発言や行いをします。そして、自分にできる最善の方法で行いをしたあとは、どのような結果になったとしても、そこには執着しないことがカルマ・ヨーガです。

私たちはヨガの練習から、正法(ダルマ)を学び、誠実に生きることを学びます。タイッティリーヤ・ウパニシャッドのなかで、グル(道師)が修行を終えたブラフマチャールヤの弟子に対し「真実を語り正法を遵守せよ」と最後に諭されていますが、これこそが最高の教育であるとシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生は仰っています。

現代にあっては科学という名の下に、宗教と教育とが分離されて教えられるのが現代的な教育なのだとされているが、それは無智なやり方である。完全な教育とは子供に技術を教えるだけでなく、嘘をつかず良心に基づき法を守るように教育することである。ーシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生著「科学で解くバガヴァッド・ギーター」より

日本も政教分離によって、宗教に対する正しい知識を得ることができなくなりました。正しい宗教の教えが伝えられなくなったことに加え、一部のカルト集団の愚行によって「宗教=怪しい」というイメージになってしまいましたが、これは非常に残念なことで、仏教やヒンドゥー教の根底は、宇宙の真理を説いた限りない叡智に満ちいて、これらの叡智は私たちの無智を取り去る素晴らしい教えです。

誠実さと正法(ダルマ)は互いに相補するものです。それは、誠実に生きる人は正法(ダルマ)を犯すことはなく、正法(ダルマ)を守る人は嘘をつくことはないからです。つまりダルマはダルマを守る人を守ってくれるのです。

誠実さより優れた神はなく、正法より優れた文化はないのである。ーシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生著「科学で解くバガヴァッド・ギーター」より

 

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