実践的なヨガの練習方法/ アーサナ編 Ⅱ

実践的なヨガの練習方法/ アーサナ編 Ⅱ

前回、ヨーガスートラ2章46節で「安定して快適な姿勢がアーサナである」ということを勉強しました。今回も引き続きアーサナについてヨーガスートラ2章47節を参考にし勉強していきたいと思います。

体をリラックスさせ快適に保つ

ヨーガスートラ2章47節
「PRAYATNA/SAITHILYANANTA/SAMAPATTIBHYAM プラヤットナ・シャイティルヤ・アナンティヤ・サマーパッティビャーン」

「体の落ち着きは、意図的にリラックすることによって、姿勢の快適さは、限りないことに瞑想することで得ることができます」ーヨーガスートラ/向井田みお先生著より

まずは、このスートラの前半部分の体についてですが、これは「体の状態を整え、ゆったりと深い呼吸に切り替えい、意図的にリラックすることで「体の安定」は可能になる」ということですね。

もし体のどこかに痛みや、激しいかゆみがあればそれは体にとって強いストレスとなります。そしてそのように体がストレスを感じている時に深くリラックスすることは簡単ではありません。それを「意識的にリラックス」するとはいったいどういうことでしょうか?意思の力によって「さぁリラックスしよう」と思ってもそう簡単にはいかないでしょう。

体の不調や痛みには、その状態をもたらせた「原因」があります。私たちには「五感」が備わっています。そして五感は外にある様々な物事を味わったり経験することを求めています。

「感覚がいろいろなものを味わうことを求めるために、われわれの身体組織に毒をため込んでしまう。そうではなく、そういうものは抑制しなければならない」ーインテグラル・ヨーガ/シュリー・スワミ・サッチダーナンダ先生著より

食べたいと思うまま食べ、したいと思ったことをしていれば感覚は一時的に喜ぶかもしれませんが、すべての行いはいずれ結果として自分のもとに顕れます。自制することなく体にとって毒になるような食事を続けてれば、体内には毒素が蓄積されていきます。正しく体を扱うことなく、同じ姿勢でコンピューターの前に座ったり、頭を下げてスマートフォンをいじり続ければ、筋肉は退化したり緊張して硬くなっていくでしょう。

ここで私の経験を紹介したいと思います。

食生活が体と心に与える影響

ヨガの練習に深く入っていく前の私の食生活というのはなかなかに酷かったのですが、そんな食生活があったからこそ気づけたことが沢山あります。若い頃の私は、食べるものが体にどういった影響を与えるかを全く理解していませんでしたし、病気には持って生まれた要因があるからなるのであって、食べるものによって体が良くなったり悪くなったりするというコンセプトを信じていませんでした。当時の私の情報源のほとんどはテレビや雑誌からで、そういった媒体が発信する情報の真意を理解せず、自分の無知さに気づかず食べることも含め、感覚を楽しませるだけの生活をしていました。

ヨガを学びだしてしばらく経った頃、インドに行くようになり自然とそれまでの食生活からヴェジタリアンになったことで体に大きな変化がありましたが、その頃はまだスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで買えるお菓子や添加物の入った惣菜などをあまり気にせず食べていました。つまり動物性のものは摂らないけれど、食品の質や安全性についてはそこまで意識が回っていない段階でした。ちなみにお酒も飲んでいました。

2012年に大したことではないのですがお腹を開く手術をしたことで大きく意識が変わり、野菜や食品を全てオーガニックに切り替え、お酒も飲まなくなり一時的にですが厳格なヴィーガンになりました。今考えると当時の食生活は健康的ではあったものの、マインドが少し偏っていて批判的であったように思います。オーガニックの監獄に入っていた時代ですね。

偏りがあって、オーガニックのもの以外を見下すような批判的なマインドではあったものの、体の状態はよく体調を崩すこともほとんどなくなりました。偏頭痛持ちだったのですが、昔は頭が痛くなると「速攻アスピリン」というタイプでしたが、西洋薬は緊急時のものとして極力避けホメオパシーのレメディーやツボ押しに切り替えました。

そんなオーガニック監獄時代が何年か続いた後、突然全身に蕁麻疹ができました。慢性蕁麻疹で決まって朝と夕方全身に蕁麻疹が広がり強いかゆみに苦しんだのですが、インドにいる時に古くからの友人にあるアーユルヴェーダのドクターを紹介してもらいました。先生は脈や舌、目の色など細部をチェックし、問診で伝えたこれまでの生活から「食生活がクリーンになったことで、これまでに蓄積した毒素が抜けていくプロセスとして蕁麻疹が出ている」とおっしゃって薬を処方してくれました。アーユルヴェーダの薬というのは生薬ですべての材料が自然界のものでできています。私はなんとなく「漢方」をイメージして、効果が出るには時間がかかるんだろうな、と思っていました。しかしアーユルヴェーダの生薬には信じられないくらい即効性があり、1年ほど続いていた蕁麻疹が薬をいただいた初日に治りました。もちろんしばらく継続して体質を変えるのが目的なので飲むのを忘れると症状がもどってくるのですが体を整えていくそのプロセス中、蕁麻疹が再発することはありませんでした。

体に蓄積していた毒素が蕁麻疹として出ていったあと、食に対する私の偏ったマインドも柔軟になり生活はお酒を飲まないラクトヴェジタリアン(乳製品を含むヴェジタリアン)として安定し、体質もすっかり変わりました。

さて、話がそれましたが「意図的にリラックスして快適な状態を作る」というのは、意図的に自分の体のコンディションを整えるということではないかと思います。生活を整え、痛みや不快な状態のない体にしていくこと。

 限りないことへの瞑想

次にスートラの後半部分、アナンティヤ・サマーパッティビャーンについて

「限りないことへの瞑想」「無限なるものに瞑想すること」

私たちは無限の存在に瞑想することによって不動性を達成することができる、とインテグラル・ヨーガのなかでシュリー・スワミジはいいます。人や物事など小さいものは変化し、常に揺れ動くので「巨大で常に安定し、確立されたもの」に対して瞑想をすることによって、物事にすぐに影響されたり揺れ動くことのない安定し快適な心の状態を手にすることだと思います。

「大きくて確立されたものに対する瞑想」ということの理解が少し難しかったのですが、例えばバランスポーズを練習する際、視線を何か安定して動かないものに集中させる必要があります。この際風に揺らされるカーテンに視線を合わせていれば、自分のバランスもカーテン同様ふわふわとした安定しないものになってしまいます。視線を決して動かない「壁」の一点に集中することで安定感を得ることができます。すこし抽象的ですがこの感覚が、大きく安定したものへの瞑想というのに近いのではないかと思います。

まとめ

体と心は常に影響しあっているので、心の安定なしに体の快適さは得られませんし、体の安定なしに心の快適さも得られません。まずアーサナによって体を快適に保ち、不動の安定した存在に瞑想し心に安定感を得る、この練習によって体と心の両方にバランスが生まれ快適でいられるのではないでしょうか。

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