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バガヴァット・ギーター

カルマの束縛から自由になるためには

前回は3章に入り、まだまだ教えを理解せず混乱するアルジュナの状態を表す詩節を紹介しました。今回は私たちが感覚器官による心の反応から自由になり解脱に至るには「行為のヨーガ」と「智慧のヨーガ」の両方が欠かせないことについて学んでいこうと思います。 カルマの束縛から自由になるためには バヴァガッド・ギーター3章3節 The Blessed Lord said: In this world there i […]

行為のヨーガと智慧のヨーガ

さていよいよバガヴァッド・ギーターは第3章「無私の行為/カルマ・ヨーガ」へと入っていきます。 行為のヨーガと智慧のヨーガ この章で、クリシュナ神はアルジュナに対し「この世界は自我意識をなくした行為によって発展することを目的として創造されている」ということ「神への供物として自分の身を捧げ、自分の義務を果たす」ことについて教えます。 「私の土地や家、私の考え、私の体」という自分を他の存在と分ける自我意 […]

欲望の本性とヨーギーの選択

欲望の本性とヨーギーの選択 前回は、私たちが心では調和や安らぎを求めながらも、感覚器官の欲望を満足させるために多くの時間を使い、物質的価値観に翻弄されていることについて勉強していきました。今回はこの終わりのないパターンから抜け出すにはどうすればいいかについて一緒に考えていきましょう。 バガヴァッド・ギーター2章68節 Therefore, O mighty-armed Arjuna, his kn […]

感覚器官の欲望に終わりはない

私たちは感覚器官の働きに支配され、それらを満足させることに時間を自分自身を費やすことによって智慧(プラジナ)を奪われてしまうとバガヴァッド・ギーターでは述べられています。今回は感覚器官に支配されるとはどういうことかについて勉強していきたいと思います。 感覚器官の欲望に終わりはない バガヴァッド・ギーター2章55節 The Blessed Lord said: When a man complete […]

目の前に起きている物事と感情を超越するカルマ・ヨーガ

目の前に起きている物事と感情を超越するカルマ・ヨーガ 人生において、自分が進んでいきたい道、到達したいゴールに向かって努力しなければならない時というのは誰にでもあると思います。私の場合はヨーガの聖典を朝の新鮮な脳の状態で勉強すること、瞑想すること、ヨーガについての書き物の仕事をする、そして仕事が終わった後にざっと掃除をしてアサナの練習、新しいプロジェクトに関する勉強という地味なルーティンをじわじわ […]

カルマ・ヨーガ/私たちの義務と役割

カルマ・ヨーガ/私たちの義務と役割 バガヴァッド・ギーター2章39節 This which has been taught to thee, is wisdom concerning Sankhya. Now listen to wisdom concerning Yoga, endowed with witch, O Arjuna, thou shalt cast off the bonds o […]

変化することは自然の法則

バガヴァッド・ギーター2章22節 Just as a man casts off worn-out clothes and puts on new ones, so also the embodied Self casts off worn-out bodies and enters others which are new. 人が古い衣類を捨て新しい衣類を着るように、肉体に宿った真我は古い肉体を […]

心に訪れるどのような感情もすべては去っていくもの

私たちは眠っている時、その時々に抱えている悩みや問題、あるいは自分を興奮させているような事柄について無感覚です。それは眠りについていることによって感覚器官が外にある対象物に対する反応をすることがないからです。 心に訪れるどのような感情もすべては去っていくもの バガヴァッド・ギーター2章14節 The contacts of the senses with the objects, O son of […]

賢者による「生と死」の捉え方とは

前回は、人の生と死について「賢者」つまり、私たちの本質(真我)は不滅の魂であり肉体そのものではないことを理解している人は、死を嘆かない。なぜなら生きることも死ぬこともそれらは過渡的な現象であるからということについて学びました。 そうはいっても、自分が親愛や情を感じている存在の死というには、やはりショックやダメージを受けてしまうのが普通です。 しかしこの賢者、あるいは聖者と呼ばれる人たちは「生と死」 […]