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バガヴァット・ギーター

そんな場合じゃないのに思考停止になるアルジュナ

バガヴァッド・ギーター1章のなかでアルジュナが語っている内容は、人としての道徳、敵側にいる家族を殺したくないという優しさです。これを読んでアルジュナはとても人間らしいじゃないか!なにも間違ってはいないじゃないか!そう思ってしまいます。そう思うんですが、2章のサーンキャ・ヨーガの章に入り、クリシュナ神が話し始めるとこの思いが、まぁ見事に覆されるのです。 そんな場合じゃないのに思考停止になるアルジュナ […]

カースト(階級制度)の本来の目的とは/後編

前回の、「カースト(階級制度)の本来の目的とは(前編)」では、偉大な伝統や、価値のある道徳上の習慣というのは親から子へ伝えられるものであり、戦争によって指導者、つまり親世代の人々を失うことは、その家族はもちろん、その地域全体にとって大きな損失になるということ(40節)。そして昔と今のインド女性の地位や権利について(41節)勉強しました。 カースト(階級制度)の本来の目的とは/前編 アルジュナは尊敬 […]

カースト(階級制度)の本来の目的とは/前編

バガヴァッド・ギーターの1章40節から43節のなかで、インドにおける階級制度、つまりカーストについて触れられていますので今回はそちらを取り上げていこうと思います。すこし長くなるのでこのテーマは前編と後編とにわけてお送りします。 カースト(階級制度)の本来の目的とは(前編) 2000年代半ばからインドを10年以上にわたって訪問し、学生時代に習ったインドのカーストというものを感じる場面は年々少なくなっ […]

バガヴァッド・ギーター1章21節から37節/アルジュナの苦悩のはじまり

前回の「バガヴァッド・ギーター1章9節から12節/ 戦いの直前」のなか取り上げた9節から12節の主な詩節は、師ドローナに語りかけるドゥルヨーダナの発言でした。今回はバガヴァッド・ギーターのメインキャスターの1人であるアルジュナの最初の発言となる1章21節から始めていきたいと思います。 バガヴァッド・ギーター1章21節から37節/アルジュナの苦悩のはじまり バガヴァッド・ギーター1章21,22節 I […]

戦いの直前/ バガヴァッド・ギーター1章9節から12節

前回はバガヴァッド・ギーターの冒頭の1節について勉強しました。 クリシュナ神を御者(指導者)にもったアルジュナが率いるパーンダヴァ一族と、盲目のドリタラーシトラ王の長男であるドゥルヨーダナ率いるカウラヴァ一族はそれぞれ、長い期間を経て互いのカルマを熟成したことによって、もはや避けることのできない戦争へと発展しました。 戦いの直前/ バガヴァッド・ギーター1章9節から12節 バガヴァッド・ギーターの […]

心の微細なプラーナとバガヴァッド・ギーターの冒頭の解説

心の微細なプラーナとバガヴァッド・ギーターの冒頭の解説 バガヴァッド・ギーターの聖戦は、クリシュナ神に指示を仰ぐアルジュナが率いるパーンダヴァ一族と、盲目のドリタラーシトラ王の長男であるドゥルヨーダナ率いるカウラヴァ一族の戦いです。 バガヴァッド・ギーターのお話が含まれている大叙事詩マハーバーラタの戦いの原因はそもそも、カウラヴァ一族(悪)の陰謀によって、パーンタヴァ一族(正義)が国を奪われたこと […]

バガヴァッド・ギーター本文に入るための準備として

以前「ダルマ/ 行動を規制するための法について」のなかで、私たちが辿るべき2つの道として、宗教的な道と世俗的な道を紹介しました。私たちは皆、生まれながらにしてそれぞれ違ったカルマを持ち、日々の中で様々な選択をしながら生きています。与えられた環境に不満を持ったり、選択を間違えたり、あるいはもともとの性質によって倫理観、道徳観をうまく育てることができずに感覚だけを楽しませる享楽的な生き方をしてしまう人 […]

ダルマ/ 行動を規制するための法について

ダルマ/ 行動を規制するための法について 「ダルマ」は道徳や秩序など様々な訳され方をされていますが、私たちが自己を探求をしていくために正しい思考と行いの指針であり、家庭や社会生活を通して他者と関わり物事を経験するうえで基盤となるものではないかと思います。 私たちが辿るべき2つの道 このサイトの「バガヴァッド・ギーター」カテゴリーで紹介していく記事は主にシュリー・スワミ・ヴィラジェシュワラ先生の「S […]

珠玉の聖典バガヴァッド・ギーターを学ぼう

珠玉の聖典バガヴァッド・ギーターを学ぼう バガヴァッド・ギーターとは? バガヴァッド・ギーターは現在において、世界的に知られた聖典であり数多くあるインドの宗教書のなかにおいても、ウパニシャッド聖典群に次ぐ重要な位置を占めているといわれています。 全18章で構成されているこのバガヴァッド・ギーターはそれ単独で書かれた聖典ではありません。もともとは高名な詩人にして聖者であった聖師ヴィヤーサが著した、1 […]

プラッティヤーハーラをバガヴァッド・ギーターの視点から考える

前回の、ヨーガスートラ2章52節で「プラーナーヤーマの練習でプラーナ(宇宙エネルギー)を収めることによって、心を覆っていたヴェールを取り除き、私たちは自分自身の真実「プラカーシャ」を理解する」ということを勉強しました。 シュリー・スワミジはプラーナーヤーマを収めたとしても心はまだ「完全な適正」には至っていない、といいます。この段階ではまだ私たちの心を外にある様々な対象物へと引き寄せようとする「感覚 […]